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たった一言のせいで縁遠くなってしまった女性のこと [学生時代]

周囲の評価を気にしない人は
時に相手にもっとも辛辣な言葉を見つけ出し言ってはならない一言を発する。



そういう人には何を言っても無駄である。


意識しているかどうかは別として



一人の美貌の女性が目の前にいたとする。
その女性、もちろん美貌。スタイルも良い、頭の良い人だ。
育ちも申し分ない。


が、なぜか縁遠い。


誰も声をかけようとしない。



その女性について、女子高時代の噂を聞いたことがある。
相手を完全に打ちのめす言葉を吐いてしまったことがあったようだ。


その行為に尾ひれが付き、私も知ることになってしまった。

その女性は、言ってはならない言葉を語ってしまったようだ。



私は気がついている。
私と語り合った、彼女は二度とそういう言葉を吐かない人であることを
彼女は二度間違いを繰り返すほど、愚かでないことも。


が、もし仲が壊れてしまった場合
彼女は私に対して、言わないで済むことまで言うかもしれない。


なぜなら、その女性は
その時点時点で相手が生涯忘れない辛辣な言葉を見出すスキルがあるのだ。



別れが辛いのは、自分だけではない。
相手から見て最も辛辣な言葉を用意できる人と

なぜ交際しなくてはならないか。


私は答えが見つからず
同行し語りかけてくる
彼女の気持ちに薄々気がついていたものの


何も約束せず、彼女と地下鉄駅にて別れたのだった。

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共通テーマ:恋愛・結婚

恋心 本当の気持ちを隠すこと [愛するもの]

ある新聞の人生相談コーナーにて、一世代下、別の男と同棲中の女性、に恋していまった30代の男性の告白を読んだ。


回答者はそれなりの作家。


受け入れるかどうか準備できていない相手に、一方的に気持ちを伝えても
逆効果、自己満足に終わる。


何も言わなくても、いつか自然に伝わるもの。
実際、何度もそうなった。



記事は、「相手がいやがることだけは、なさらぬように。当分は今の状態を続けてください。苦しくても、胸に秘めたまま、お仕事をしてください。これが恋なのです。本当の恋は本心を隠し通すことです。」
と結んでいる。



本当の恋とは本心を隠し通すこと



好きな同志であっても
うまくいかない苦い経験
そして
好意を持ちながらも、私に決して気づかれまいとしていた女性がいたこともあり
私には、人生の深淵を象徴する一言に思えるのである。

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共通テーマ:恋愛・結婚

深田恭子の笑顔 [愛するもの]

毎週土曜夕方、見るテレビ番組にて深田恭子が化粧品CMで出演する。
最新のCMで見る姿は、深田恭子がはたち前後のときと変わりない。


が、年齢に見会わない笑顔を見せられて心配になる。
彼女の生活の日常はどうなのか。年齢相応の暮らしぶりなのか。同じ年代の人と似たような生活実感あるのか。
有名な芸能人の中には、財布も持たず、地下鉄や電車に乗ることもなく、食事も作らず、すべてをマネージャー任せにしている人が多いと聞く。


彼女もその可能性は十分にある。


このような生活は、バーチャルなもの。不健全と思う。彼女の精神は大丈夫なのか。
彼女はたしかに、ナチュラルな美しさはある。キョトン顔なので人気が続くという説もある。


が、彼女の本当の気持ちはどうなのだろう。
彼女は恋をしたことはあるのだろうか。


そして彼女の好きだった男はどんな人物なのだろうか。

彼女は、自分から気づかずに人形ケースに入ったのではないか。いささか現実離れした彼女の姿を見てふと心配になってしまうのである。




深田恭子 30代半ばの「キョトン顔」が愛されるワケ
http://news.livedoor.com/article/detail/15631590/

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共通テーマ:美容

白樺林の想い出 [愛するもの]

三国峠を越え、帯広方面に向かう途中、十勝三股の手前、道の両側に白樺林がしばらく続く。
春は新緑。秋は黄色の葉。晩秋は茶色の枝で空が埋め尽くされる。


何か、懐かしい世界に入り込んだ気分になる。


車を止める人は皆無。


私だけの世界がそこにある。


十勝三股北側.jpg


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共通テーマ:旅行

赤十字病院の想い出 [幼少期]

私は赤十字病院で生まれた。
母に抱かれた写真の他に、看護婦さんに抱かれた写真が残っている。


病院関係者が誕生記念のつもりでカメラを持たない
貧乏夫婦のために撮影してくれたのだろう。


住所は北海道旭川市曙1条1丁目1-1だそうだ。
私はてっきり1条西だと思っていた。


この病院は、当初札幌にあったものが、札幌に北大付属病院ができることを契機に、大正13年に旭川に移転。最初の診療科は内科・外科・産婦人科・小児科・耳鼻科で、旭川始まっていらいの大病院だった。産婦人科があったことから、旭川市民の多くはこの病院で生まれたに違いない。


この病院のサイトに、開設当時そして昭和40年代の画像がある。


赤十字病院.jpg


なお、昭和61年の道新記事に古い画像がある。こちらは手術室。経緯的に私が生まれた場所は、この部屋であろう。

赤十字病院.jpg

大正12年建設、昭和62年に取り壊されたようだ。



旭川バイパスを通らずに旭川市内に入る道すがら、曙から1条通りに入り、最初に生まれた病院を目にし、病院の建物をみる度に、何度もほっとしたものだ。


生まれた病院の歴史は忘れないようにしたいものである。

タグ:手術 誕生 出生
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共通テーマ:妊娠・出産
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